裁判所における「売買価格の決定の申立て」と株価算定の手続き

  1. HOME
  2. コラム
  3. 裁判所における「売買価格の決定の申立て」と株価算定の手続き

 本日は、事業承継やM&A、あるいは親族間の会社支配権をめぐるトラブルなど、企業法務の現場で非常に重要なテーマとなる「売買価格の決定の申立て」について解説いたします。


 非上場会社(閉鎖会社)においては、株式に市場価格がないため、「自社の株価が一体いくらなのか」という点で当事者間の意見が鋭く対立することが多々あります。当事者間の協議で株価が決まらない場合、最終的には裁判所に「公正な価格」を決めてもらうことになります。


 本記事では、裁判所でどのように審理が進み、株価がどのように算定されるのか、実務家の視点から分かりやすくお伝えします。


1. 「売買価格の決定の申立て」とは?

 会社法では、株主が自分の意思とは無関係に株式を手放さざるを得ない場面や、株式の買取を会社に求める場面において、株主に支払われる対価が公正であることを担保するための規定が置かれています。


 当事者間で売買価格(買取価格)についての協議が調わない場合、株主や会社は、期間内に裁判所に対して価格の決定を申し立てることができます。これが「売買価格の決定の申立て」です。


 具体的には、以下のような場面でこの申立てが行われます。

  • 組織再編(合併・会社分割・株式交換など)に反対する株主からの株式買取請求
  • 譲渡制限株式の譲渡承認請求に対し、会社が承認を拒否し、会社または指定買取人が買い取る場合
  • 特別支配株主による株式等売渡請求(スクイーズアウト)
  • 全部取得条項付種類株式の取得や株式併合による端数処理を用いたスクイーズアウト
  • 相続人等に対する売渡請求(定款の規定に基づく会社からの強制買取)
  • 単元未満株式の買取請求

2. 裁判所での審理はどのように進むのか?

 裁判所に対する「売買価格の決定の申立て」は、通常の民事訴訟(通常の裁判)ではなく、「会社非訟(ひしょう)事件」として処理されます。


① 審問期日の開催(必要的審問)

 会社非訟事件は、公開の法廷で行われる訴訟とは異なり、決定方式により簡易・迅速な処理を目指す手続きです。

しかし、株式の売買価格の決定事件は当事者の利害対立が激しいため、裁判所は不適法として却下する場合を除き、必ず「審問の期日」を開いて、申立人および相手方(利害関係人)の陳述を聴かなければならないとされています。


② 専門委員や鑑定人の関与

 株価の算定は極めて専門的な知識を要するため、裁判所は公認会計士などの専門家を「専門委員」として手続に関与させ、意見を求めることがあります。

 また、より詳細な評価が必要な場合は、裁判所が鑑定人を選任して鑑定を命じることもありますが、鑑定費用は高額となり、時間もかかる傾向にあります。


③ 和解による解決

 会社非訟事件においても、手続きの途中で和解を成立させることが法的に認められています。

 実務上、鑑定には多額の費用と時間がかかることや、裁判所からある程度の心証(価格の目安)が示されることから、最終的な決定(判決に相当)に至る前に、当事者間で和解が成立して事件が終了するケースも非常に多く見られます。


3. 株価(公正な価格)はどのように算定されるのか?

 非上場株式の価格決定において最も重要なのは、「税務上の時価(財産評価基本通達)」と「私法上の時価(公正な価格)」は異なるという点です。

 裁判所が決定する「公正な価格」は、客観的交換価値や継続企業としての価値を意味しており、税金計算用の画一的なルールである税務上の株価(類似業種比準方式や配当還元方式など)がそのまま採用されるわけではありません。


裁判所では、主に以下の3つのアプローチ(類型)を考慮して株価が算定されます。

【1】インカム・アプローチ(DCF法・収益還元法など)

 将来会社が獲得すると予測される利益やキャッシュ・フローに着目して評価する方法です。

 企業の将来の収益獲得能力や固有の性質を反映させやすいため、事業を継続する企業(ゴーイング・コンサーン)の評価に適しており、近時の裁判例でも重視される傾向にあります。


【2】コスト・アプローチ(簿価純資産法・時価純資産法など)

 会社の貸借対照表上の純資産に着目して評価する方法です。

 客観性に優れていますが、将来の収益力やのれん(無形資産)が反映されにくいという弱点があります。

 不動産の含み益が大きい会社などで、時価に引き直した「時価純資産法」が用いられることがあります。


【3】マーケット・アプローチ(類似会社比較法など)

 類似する上場会社や取引事例のデータと比較して相対的に評価する方法です。

 客観性は高いものの、非上場企業の場合、規模やビジネスモデルが完全に一致する類似上場会社を見つけることが困難なケースも多くあります。


★ 実務で多用される「折衷法」

 一つの評価方法だけを用いると、その方法の短所が増幅されてしまうことがあります。

 そのため、裁判実務では、DCF法に基づく価格と純資産法に基づく価格などを、例えば「50%:50%」といった一定の割合で加重平均する「折衷法」が多用されています。


4. 特殊な価格決定の論点

シナジーと「ナカリセバ価格」

 合併やMBO(経営陣買収)などの組織再編が絡む場合、「公正な価格」の意味合いが変わります。

  • ナカリセバ価格:その組織再編が行われなかったならば、その株式が有していたであろう価格です。シナジー(相乗効果)が生じない場合はこちらが基準になります。
  • シナジー反映価格(公正分配価格):組織再編によって企業価値が増加する場合、そのシナジー効果を反対株主にも公正に分配した価格です。

ディスカウントの扱い

 非上場株式の評価において、市場で売買しにくいことによる「非流動性ディスカウント」や、経営権を持たないことによる「マイノリティ・ディスカウント」を適用するかが争点になります。

 裁判所の判断は事案により分かれますが、組織再編で強制的に締め出されるような場面では、これらの減価(ディスカウント)を行うことは相当ではないと判断される傾向にあります。


5. まとめ

 裁判所での「売買価格の決定の申立て」は、単に帳簿上の純資産を計算すれば終わるような単純なものではありません。会社の将来の事業計画、潜在的な収益力、そして採用すべき評価アプローチの妥当性を巡って、高度な法務・財務の知識を用いた「理論のぶつかり合い」となります。


 司法書士・行政書士 津田リーガルオフィスでは、こうした事態を未然に防ぐための株主間契約の整備や、スクイーズアウトを適法かつ安全に進めるためのスキーム構築をサポートしております。

 自社株の扱いや少数株主対策でお悩みの方は、ぜひお早めにご相談ください。