100%株主かつ唯一の役員に万が一が起きたら?〜残された家族の重い負担と今すぐできる事前対策〜
日本の中小企業では、代表者が会社の株式を100%保有し、かつ唯一の取締役として会社を切り盛りしている「ワンマン体制」のケースが非常に多く見られます。もし、そのようなオーナー社長が急な病気や認知症で意思表示できなくなったり、不慮の事故等で亡くなってしまったりした場合、日頃は会社経営にノータッチだったご家族にはどのような影響が及ぶのでしょうか。
今回は、オーナー社長に万が一の事態が生じた場合に残されたご家族にのしかかる法務・税務上の重い負担と、会社とご家族を守るために社長が元気なうちに行っておくべき「究極の企業防衛」とも言える事前対策について解説します。
1. 意思表示ができなくなった場合(認知症や大病など)の負担とリスク
経営者がご健在であっても、認知症の進行や脳卒中などで判断能力を失ってしまった場合、会社は事実上の「機能停止」に陥り、ご家族には以下のような重い負担がのしかかります。
個人資産と銀行口座の凍結
本人の判断能力がなくなると、銀行の個人口座からの引き出しや定期預金の解約ができなくなります。これにより、ご家族の生活費や、本人の医療費・介護費用の支払いに困る事態が発生します。
会社の意思決定ストップと「成年後見人」による経営支配
株式の100%を持つ社長が判断能力を失うと、株主総会を開催できず、新たな役員を選任することもできなくなります。
この状態を打開するためにご家族が家庭裁判所に「成年後見」を申し立てたとしても、資産家や会社オーナーの場合、親族ではなく弁護士や司法書士などの第三者が成年後見人に選任されることが多くなります。
その結果、これまで会社に無関係だった第三者が会社の株式(経営権)を管理することになります。さらに、成年後見人の最大の目的は「本人の財産保護」であるため、会社を救うための融資の担保に個人の不動産を提供したり、個人資産を会社に貸し付けたりするような、リスクを伴う経営判断は裁判所に認められず、事業の継続が困難になるケースがあります。
事業活動が一切なくても発生し続ける「均等割」の税負担
社長が意思表示できなくなり、会社の事業活動が事実上ストップして利益が全く出ていなかったとしても、税金の負担は消えません。
法人の利益にかかる法人税などは赤字であれば0円になりますが、地方税である法人住民税等の「均等割」は、「会社がそこに存在していること」自体に対してかかる税金です。
そのため、売上がゼロの期間や、どれだけ赤字が出ている期であっても、年間約7万円(自治体により超過課税が上乗せされる場合があります)を毎年必ず支払う必要があります。放置しておくと未納として蓄積し、ご家族を悩ませる「負の遺産」になりかねません。
2. 死亡した場合の負担とリスク
代表者が突然亡くなった場合、ご家族は深い悲しみの中で、会社の法的手続や債務の問題に直面することになります。
代表者不在による会社の機能不全と「仮取締役」選任にかかる高額なコスト
唯一の取締役が死亡すると、会社を代表して契約行為や銀行決済を行う者がいなくなります。
この状態を放置すると会社や利害関係人に損害が生じるおそれがあるため、利害関係人(ご家族などの株主や債権者)は、裁判所に対して「仮取締役(一時取締役の職務を行うべき者)」の選任を申し立てる必要が生じます。
しかし、裁判所が第三者の専門家(弁護士や公認会計士など)を仮取締役に選任した場合、申立人はその報酬を確保するための「予納金」を裁判所に納めなければなりません。この予納金は事案によって変動しますが、数十万円から百万円以上と非常に高額になるのが一般的であり、ご家族にとって多大な経済的負担となります。
株式の「準共有」状態による混乱
遺言書がない場合、社長が保有していた自社株は、遺産分割協議がまとまるまでの間、相続人全員の「共有(準共有)」状態となります。
この状態では、相続人の中から権利行使者を1名指定して会社に通知しなければ、株主総会で議決権を行使することができず、会社の経営に支障が生じる状況になりかねません。
連帯保証債務の予期せぬ承継と相続放棄
中小企業では、会社が金融機関から融資を受ける際、社長個人が連帯保証人になっているケースがよくあります。
社長が死亡すると、この連帯保証債務はご家族(相続人)に引き継がれます。
会社の事業状況を知らないご家族が、突然多額の借金の返済義務を負うことになり、状況によっては「相続放棄」という重大な決断を迫られることになります。
3. 事業活動を継続せず「解散・清算」を選択した場合の重い負担とリスク
「社長が亡くなったのだから、事業はやめて会社を畳めばいい」と考えるご家族は多いですが、単に営業活動をやめただけでは法的に会社は消滅しません。
正式に会社を終わらせるためには、会社法に則った厳格な「清算手続」を経る必要があり、これには想定以上の費用やリスクが伴います。
多額の手続費用と自己負担(持ち出し)のリスク
会社を解散・清算するには、法務局へ納める登録免許税(解散と清算人選任で合計39,000円、清算結了で2,000円)が必ずかかります。
さらに、会社法上、未知の債権者を保護するために「官報への解散公告」を行う法的義務があります。ここで注意が必要なのは、過去に毎年の決算公告を怠っていた株式会社の場合、解散公告に加えて過去の決算公告も同時に掲載しなければならず、公告費用だけで十数万円以上の高額な実費がかかるケースが一般的であるという点です。
専門家報酬を含めると、何ら実態もない会社を畳むためだけに総額で数十万円の費用が必要になります。会社にこれらを支払う現預金が残っていない場合、ご家族がご自身の私財から立て替える(持ち出す)しかありません。
未納税金と「第二次納税義務」の恐怖
もし、生前の社長が均等割などの公租公課を長年滞納していた場合、それは会社の確実な「債務」となります。
万が一、これらの未納税金を完済しないまま清算手続を進め、残った財産を株主(ご家族)に分配してしまった場合、清算人となった方や分配を受けたご家族は、分配した財産の価額を限度として「第二次納税義務」を負い、個人の財産から会社の滞納税金を納付する責任を直接追及されるという極めて重大なリスクがあります。
「債務超過」による破産手続等への移行と予納金負担
会社の現預金が枯渇しており、手続の実費や負債を支払うことができない(=負債が資産を上回る「債務超過」である)ことが清算手続の途中で判明した場合、通常の清算手続のまま会社を終わらせることはできません。
会社法上、清算人は直ちに裁判所へ「破産手続」又は「特別清算」開始の申立てをしなければならない法的義務を負います。
これらの倒産手続に移行すれば、裁判所に納める数十万円以上の「予納金」が必要になることがあり、これもご家族の大きな負担となってしまいます。
役員借入金の処理と税務リスク
中小企業では、社長個人の資金を会社に入れている「役員借入金」が存在することがよくあります。社長が亡くなると、この会社への貸付金債権は「相続財産」としてご家族に引き継がれ、相続税の課税対象となります。債務超過を回避して会社を畳むために、相続人が会社に対して「債権放棄(債務免除)」を行うことがありますが、これによって会社側に「債務免除益」という利益が発生し、法人税が課税されるリスクが生じます。
課税を避けるためには、税務上の特例(期限切れ欠損金の損金算入)を適用するための厳格な要件を満たす必要があり、極めて専門的な対応が求められます。
4. 会社とご家族を守るための「事前の対策」
このような事態を防ぎ、ご家族への負担を最小限に抑えるためには、社長が元気で意思能力があるうちに、法的な準備を整えておくことが不可欠です。
対策①:任意後見契約の締結
将来、認知症などで判断能力が不十分になったときに備え、あらかじめ自分が信頼できる家族などを後見人(代理人)として指定しておく契約です。これにより、家庭裁判所から見知らぬ第三者が成年後見人として選任されるのを防ぎ、自らが望む人に財産管理や各種手続きを任せることができます。
対策②:家族信託(民事信託)の活用と「指図権」
「家族信託」を活用し、自社株や事業用不動産の「管理・処分の権限」だけを、あらかじめ後継者や信頼できるご家族に託しておきます。
自社株を信託すれば、社長が認知症になっても議決権の行使は託された受託者が行うため、会社の意思決定が滞りません。
また、「指図権」という仕組みを使えば、社長が元気なうちは社長自身の指示で後継者に議決権を行使させながら、二人三脚で経営判断をサポートすることも可能です。
対策③:遺言書の作成(公正証書遺言)
社長の死後、誰に株式や事業用資産を相続させるかを明確に定めた遺言書を作成しておくことは必須です。
これにより、遺産分割協議の手間を省き、株式が複数人に分散して経営が不安定になるのを防ぐことができます。また、遺言の内容を実現するための「遺言執行者」を指定しておくことで、死後の名義変更などの手続をスムーズに進めることが可能になります。
なお、他の相続人の遺留分を侵害しないよう、生命保険を活用して代償金の原資を準備しておくなどの配慮も有効です。
対策④:種類株式の活用や定款の整備
会社法を活用し、後継者以外の親族には議決権のない「無議決権株式」を渡す仕組みを作ったり、相続が発生した際に会社がその株式を強制的に買い取れる「相続人等に対する売渡請求」の規定を定款に設けたりすることで、経営権の分散や望まない第三者の経営介入を防ぐことができます。
対策⑤:事業実態がない場合の早期整理と個人保証の見直し
現在、会社としての営業実態がなく、将来も事業を継続する予定がないのであれば、放置せずに元気なうちに会社を解散・清算しておくか、少なくとも税務署や役所へ「休業届」を提出し、毎年の「均等割」の税負担をストップさせる措置をとっておくべきです。
また、金融機関と交渉して「経営者保証」を外す努力をしたり、万が一の際に備えて法人契約の生命保険等で負債の清算資金を手当てしておくことも、残されるご家族を守るために重要です。
結びにかえて
100%株主で唯一の役員であるオーナー社長にとって、「自分の身に何かあったとき」の備えは、会社や従業員、そして何より大切なご家族を守るための「究極の企業防衛」です。何も対策を講じないままでは、残されたご家族が複雑な手続と多額の費用負担、さらには見えない借金や税金の責任という重い矢面に立たされることになります。
判断能力が低下してからでは、できる対策はほとんどありません。健康で意思表示が明確にできる「今」だからこそ、ぜひ経営者の相続や企業法務、会社の清算事務に詳しい司法書士・行政書士 津田リーガルオフィスにご相談ください。
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